皆さんこんぬつは(‘ω’)ノ ピカピカの小学生の親鳥、**けだま。**です。
食物が身体で栄養を吸収され、体外に排出されるのが、「黄門」。 授業を終えて家路につくため、元気よく飛び出すのが、「校門」。
夜中に子どもが高熱でうなされた時にお世話になるのは黄門に坐薬ですが、熱が下がるどころか、最近にわかに熱を帯びているのが**「校門問題」**。
一体どういう事でしょう? 経緯から振り返ってみたいと思います。
令和の「登校事情」と高崎市の決断
春、新年度。ピカピカの一年生が黄色い帽子を揺らす微笑ましい季節……のはずが、群馬県高崎市ではちょっとした「門門(もんもん)とする議論」が巻き起こっています。
その名も、「小学校、朝7時に開けちゃうよ計画」。
**2026年度(令和8年度)から、市内すべての小学校58校で、開門時間をこれまでの7時45分前後から「午前7時」**へと一気に前倒しするというのです。
7時ですよ、7時。パンをトーストしている間に子供が校門に吸い込まれていくレベルの早さです。

「小1の壁」を意識した政策かもしれませんね!! 我が家も共働き世帯なので、率直に言って**『神対応!!』**って感じちゃいますね。
※「小1の壁」とは?
子どもが保育園を卒園し、小学校に入学した途端、共働き世帯が直面する仕事と育児の両立の難しさのことです。
- 預かり時間の短縮: 保育園より学童の終了時間が早い。
- 「朝」の空白地帯: 保育園は7時から預けられたのに、小学校は8時前後。親の出勤時間に間に合わない!
- 長期休暇の弁当地獄: 夏休みなどの給食停止に伴う負担増。
今回の高崎市の施策は、まさにこの「朝の空白地帯」を埋め、親が安心して仕事に行けるようにするための**「攻めの少子化対策」**と言えるわけです。



頼る人のいない世帯がにっちもさっちもいかなくなって、結局「離職」なんて話も聞きます。 我が国の経済損失の観点からみると、決して看過できない問題ですよね
高崎市が投じたこの一石が、誰を救い、誰を追い詰めるのか?「小学校、朝7時に開けちゃうよ計画」。浮き彫りになる光と影について見ていきましょう。
【光】親の「安心」と「キャリア」を守る
最大の恩恵は、いうまでもなく保護者です。 7時に学校へ預けられれば、余裕を持って満員電車に飛び込めます。また、校門前で子供たちがたむろして、交通事故や不審者に遭遇するリスクを減らすという安全面でのメリットも強調されています。
【影】削られるのは「先生の命」か「税金」か
一方で、深刻なのが学校現場の負担です。
- 教員のブラック化: 開門が早まれば、誰かが立ち会わなければなりません。それが教員であれば、実質的な勤務開始時間が前倒しされるだけ。
- 責任の所在: 授業開始前の時間は、本来「教育活動外」。もし7時5分に怪我をしたら、誰が責任を取るのか? というグレーゾーンが残ります。



校門を開けて下さる方が、教員にせよ校務員にせよ、彼ら彼女たちも「誰かの親」であるという事実は見逃せません。
比較検証:三鷹市の「スクール・コミュニティ」という回答
高崎市の戦略は、現有戦力で何とかしようとする**「根性論」に近いものがありますが、他の地域はどうでしょう? ここで東京都三鷹市**の取り組みに注目です。
三鷹市は、学校を「孤島」にしない仕組みを作っています。
- 地域見守り隊の結成: シルバー人材センターや地域のボランティア、保護者OBが登校時の見守りを担当。
- 「居場所」の提供: 単に門を開けるだけでなく、地域の大人がそこにいることで「安心できる居場所」に。
- 教員の切り離し: 最大の特徴は、この時間に教員を一切関与させないという線引きです。



そうは言っても一番の問題は予算のこと。 「無尽蔵にお金使えりゃ苦労しないぜ!!」という高崎市の怨嗟の声が聞こえてきそうです……。
結論:それは「生きた予算」と言えるのか?
「現有戦力で門を開ける」力技と、「予算を投じて地域の大人の手を借りる」仕組み。 私たちが考えなければならないのは、教育予算の本当の使い道です。



タブレット配布や校舎の改築も立派な予算の使い方です。 でも、一番大事な「教育の質」を支えているのは、先生の心身の余裕ですよね。
高崎市の施策は、親のニーズには100点満点。 しかし、それが誰かの善意や根性という名の**「無料チケット」**で運用されているとしたら、それは持続可能ではありません。
先生が朝からフラフラで、授業の質が落ちてしまったら、それは子供たちにとっての損失です。
私の結論:これこそがみんなの「生きた予算」の使い道
三鷹市のように、地域ボランティア等に正当な対価(予算)を支払い、登校時間を「地域コミュニティの場」に変える。これこそが、生きたところに使ってこその教育予算だと思います。
- 親は安心して仕事に行ける。
- 地域の大人は役割と生きがいを得る。
- 先生は教育に専念できる。
この**「三方良し」**を実現するためにこそ、税金というエネルギーを注ぎ込んでほしい。 「小1の壁」を壊すのは、現場の根性ではなく、適切な場所へ振り向けられた予算の力であるべきです。
おわりに
校門が開く。それは、子供たちが未来へ踏み出す一歩の象徴です。
その扉を開ける手が、疲れ果てた誰かの手ではなく、地域に見守られた温かい手であることを願ってやみません。
ハシビロコウの化身である、この けだま。 じっと動かずに、その行く末を見守っていこうと思います。
ただ一つだけ注意したいのは、私が校門前でじっと動かずにいると**不審者として通報され、お巡りさんが出動するという「予算の無駄遣い」**をしてしまう事ですねっ!!









