2月がざわつく理由、知ってますか。おかいつ卒業考察が毎年盛り上がる『歴史的事件』を掘り下げてみた

カラフルなパステルカラーのおかあさんといっしょ風スタジオで、頭に「...」の思考バブルを浮かべて無表情で佇む、ちびキャラ(SDデフォルメ)のハシビロコウ「けだま。」のアバター。上部には「だいすけおにいさん続投の真実! 1993年全替えの教訓とNHKの老獪な戦略」という、ブログタイトルを模したポップなロゴ風のテキストが配置されている。

2月になると、ざわつ―――

おかあさんといっしょファンなら、この一文だけで通じると思います。

今年の2月の歌は卒業ソングっぽいか、そうじゃないか。歌詞の一節に誰かへの別れが滲んでいないか。毎年繰り返されるこの「ざわつき」には、明確な始まりがありました。

あの朝、たくみおねえさんが一人で卒業した日のことを、あなたはまだ覚えていますか。

あれは単なる「交代」じゃなかった。おかあさんといっしょ史上、誰も想定していなかった「前例破り」であり、結果としてNHKに史上最強のビジネスモデルをもたらした、静かな革命の始まりでした。

子育ての忙しい朝に、気づいたら泣いていたあの日。その「喪失感」の正体と、その裏側で動いていたNHKの深謀遠慮を、筋金入りのおかいつファンである けだま。が掘り下げます。

目次

2月の風物詩「おかいつ卒業考察」には、明確な始まりがある

皆さんこんにちは。筋金入りの『おかいつファン』の けだま。です。

おかあさんといっしょ好きの方々には大いに共感してもらえると思いますが、例年2月はざわつきますよね?2月のうたを聞いて、

『ああ!この卒業ソングっぽい歌詞にメロディー…。誰か卒業しちゃうのか?(泣)』とか

『よし!卒業ソングっぽくない!(嬉)だけど、この歌詞…。よくよく深読みすると○○おにいさんの別れを連想させるのでは…。(疑)』とか

毎年、ネット界隈をにぎわす2月の風物詩ですが、実はこの風物詩には明確な始まりがあるのをご存知でしょうか?

実はある時点までは、おにいさん・おねえさんは同時卒業が基本路線。ですからそもそも『今年は』誰が卒業するのか?なんて考察が起こる余地がなかったのです。

そのある意味予定調和的なおかいつの歴史に風穴を開けたのが、第20代うたのおねえさん・三谷たくみさんです。

たくみおねえさんってワードを打ち込むだけで、懐かしさや甘酸っぱさを思い出すのはわたしだけでしょうか?

常識の崩壊。なぜ「たくみおねえさんだけ」が先に卒業したのか?

8年の長きに渡りうたのおねえさんとして駆け抜けたたくみおねえさん。会見では『やりきったから。』と卒業理由を語っています。(公式)

けれども、口さがないネット界隈では様々な噂が飛び交いました。ザックリとけだま。調べでかみ砕いて見ると大きくこの3つの論調に分かれます。

【分析1】報道のタイミングと「卒業発表」の因果関係を検証する

いちばん有名だった噂。実は2月の公式の卒業発表があったしばらく後に、一部週刊誌で一般男性との交際報道が出ました。それを見た一部の人が「週刊誌の報道と紐づけた、急な降板劇では?」という憶測。

けれども、これには明確に間違いがあって、卒業発表のしばらく後に熱愛報道が出たので報道のせいで急遽降板って噂は完全にデマです。

例えるなら、“火山が噴火したあとに雷が鳴ったのを見て、雷が噴火の原因だと思われた”みたいな順番の逆転現象🌋⚡みたいな話ですね。

【分析2】活動休止という選択。ライフステージの変化と「その後」

これもかなり根強い憶測。熱愛報道と卒業が同時期だったことから「結婚を視野に入れて普通の生活に戻りたかったのでは?」という噂。

この説は、実際、卒業後は芸能活動をほぼ休止状態にしていて、後に子どもがいることも明かされていることから、なかなか信憑性を持って語られています。

ピタッと芸能活動をやめて伝説となった、たくみおねえさん…。「人生の次ステージへ移るため」って外野の邪推は野暮というもの。これらはすべて推測の域を出ません。心の内はおねえさんのみぞ知るって訳ですね。

【分析3】8年という歳月。プロフェッショナルに求められる「制約」の重み

これもファンの間でかなり現実味があると言われてた説。
そもそも、うたのおねえさんは選ばれた一部の人間だけに許された特別な職業で、その任にあたるおねえさんにも「特別」が求められます。

  • 生活制限が厳しい(車の運転NGの噂)
  • イメージ管理も超シビア(立ち食いや派手な私服の禁止の噂)
  • 長期拘束(ほぼ毎日撮影や関連イベントの仕事との噂)
  • 私生活もかなり制約あり(海外旅行も制限されるとの噂)

そんな究極の縛りの中、歴代おねえさん最長クラスの8年間を駆け抜けたたくみおねえさんの後ろ姿に「単純に全力疾走しきったんだろう」という受け止め方。

子ども好きのモチベーションだけで駆け抜けるにはあまりにも厳しくも長い制約。もしかしたら公式発表の「やりきったから。」の前に(限界まで)って枕詞がにじんでいたのかもしれません。

歴史的大改革。なぜ「だいすけおにいさん」は1年残ったのか?

「誰が辞めるか分からない」という、今の常識が生まれた瞬間

今でこそ、おかいつファンによる「2月の考察」が毎年のように盛り上がるのは

今年は『誰が』卒業するのか分からないから

実はだいすけ・たくみコンビ以前までは、「誰が」の余地は一切なく、『いつ(何年目か)?』の一点に絞られていたのです。

それはなぜか? それまでのおにいさん・おねえさんの交代は「二人同時」が基本。番組側も二人のペアをひとつのパッケージとして考えていたため、片方だけが残るという選択肢自体がありませんでした。

だからこそ、たくみおねえさんだけが卒業し、だいすけおにいさんが残るというニュースは、当時の界隈に文字通り「大変な衝撃」をもって伝えられたのです。

今では当たり前のシステムですが、当時の衝撃たるや……。例えるなら平成元年の「消費税導入」に似ているでしょうか。今でこそ誰もが当たり前に支払っていますが、当時は日本中がひっくり返るほどの、まさに歴史的な大改革だったわけです。それまでの「おかいつ界の常識」が、音を立てて変わった瞬間でした。

このような事情を踏まえながら歴史を振り返ると先ほどの【分析】の中身のような噂が飛び交ったのも致し方なかったのかもしれません。

NHKの危機管理:苦肉の策がもたらした「怪我の功名」

Eテレ朝の顔として8年もの長きに渡り歴代うたのおねえさん最高クラスの活躍を見せてきたたくみおねえさんも遂に降板の時期が迫ってきました。勿論NHK側も慰留をしたでしょうが、おねえさんの意思は固く、功労者の意思を尊重するしかなくなりました。

番組存亡の緊急事態。NHKの打った『だいすけおにいさん単独での続投』も緊急避難的な苦肉の策だったのですが、まさに文字通り『禍を転じて福と為す』的な大きな大きなメリットをもたらしたのです。

メリット①・「一斉離脱」を防ぐ:視聴者ロスへの防波堤システム

当時、8年続いて定着しすぎた「たくみおねえさん」の壁は高すぎました。ここに新人(小野あつこさん)を投入するにあたり、隣に立つお兄さんまで新人(※のちに交代する次代のおにいさん)にしてしまうと、スタジオに観覧参加の子ども達が泣き叫び馴染めない。ひいては番組が崩壊しかねない。

そのため、「百戦錬磨のだいすけお兄さんに、新しいお姉さんを育てるメンター(指導役)になってもらう必要がありました。この一手にはファンには嬉しい更なる相乗効果も生まれました。

バトンタッチで浮き彫りになった、だいすけお兄さんの「真の凄み」

たくみおねえさんの存在感が強すぎて、以前は“支える側”に見えていた部分が、あつこおねえさん加入後に急に浮き彫りになった。

  • 包容力
  • フォロー力
  • 新人を立てる安定感
  • 子ども対応の柔らかさ

…が、「あれ?この人めちゃくちゃプロでは?」と再発見され始めました。

メリット②・ ブランド価値を守る:関連グッズの「不良在庫化」を防ぐ知恵

例えば、仮面ライダーやプリキュアなども新シリーズが始まれば、ついこないだまで放送されていたシリーズも一瞬にして過去シリーズの仲間入りを果たし、そのグッズの価値も急落するものです。

おかあさんといっしょグッズも同じで、おにいさんおねえさん同時交代によって生じるグッズの「不良在庫化」を防ぐ守りの効果がありました。

メリット③ ・攻めのビジネス:2年連続で発生した「卒業特需」の果実

ひょっこり瓢箪から駒の最たる結果がこれ。たくみおねえさん卒業関連のグッズが売れに売れ、NHKエデュケーショナルはホクホク。

しかも結果的に翌年卒業することになるだいすけおにいさんの卒業関連グッズも売れに売れて、二年連続で大きな果実を得たのでした。ケガの功名による側面も大きいですが、まさに「攻めのビジネスモデル」ともいえるでしょう。

【さらに緻密さを増す深謀遠慮】人形劇の交代とも連動していた「1年のズレ」

ビジネスモデルにおいていうならば、さらに注目すべきことは、おかあさんといっしょ内の重要コンテンツ『人形劇』の交代タイミングです。当時のNHKの置かれた状況と、ピンチをチャンスに変えた老獪な戦略を振り返ってみましょう。

① 2016年春:おかいつ界を襲った「天変地異級」の総入れ替え

まず、当時のタイムラインを正確に振り返ると、2016年春は『おかいつ』史上稀に見る「ガラガラポン」のタイミングでした。

【2016年3月末の卒業・終了】
  • うたのおねえさん: 三谷たくみさん(8年)
  • 人形劇: 『ポコポッテイト』(5年:ムテ吉・ミーニャ・メーコブ)

当時の子育て世代にとって、たくみおねえさまとムテ吉たちは「毎朝必ずそこにいる、空気のような存在」でした。これが「同じ日の放送」で一斉に消えたわけです。

当時のお茶の間の喪失感は大変なもので、おかいつファンの間で有名な『たくみロス』や『ムテ吉ロス』という言葉が吹き荒れたのもこの時期の話です。

では、なぜたくみおねえさんとポコポッテイトを同時に卒業させて、だいすけおにいさんだけが続投という『ウルトラC』(当時はまだ交代時期をズラすという概念そのものがなかった)を繰り出してまで前例を覆したのか?その謎を解くカギは、23年前の「1993年」にありました。

② 1993年の「全員一斉卒業」がもたらした、当時のリアルな教訓

1993年春、おかあさんといっしょ界にかつてない激震が走りました。なんと、すべてのおにいさんおねえさん、そして人形劇までが同時に総取替えになったのです。一覧にするとこのような形になります。

役割卒業・終了(〜1993.3)新人・開始(1993.4〜)
うたのおにいさん坂田おさむ速水けんたろう
うたのおねえさん神崎ゆう子茂森あゆみ
たいそうのおにいさん天野勝弘佐藤弘道
身体表現のおねえさん馮智英松野ちか
人形劇にこにこ、ぷんドレミファ・どーなっつ!

もはや番組名はいっしょだけど、新番組じゃん!!

すべてを一画面で入れ替えた結果、当時の現場はどうなったか……。

  1. お茶の間の「喪失感」が日本中で限界突破した
    おさむ・ゆう子コンビと『にこにこ、ぷん』という、当時の幼児と親にとっての「生活のすべて」が一夜にして消え去ったため、4月からの新体制への切り替え直後は、日本中の家庭で凄まじい拒絶反応(前の方がよかったロス)が起きました。
  2. 新人たちにかかるプレッシャーが地獄級だった
    隣を見ても新人、後ろを振り向いても新しいぬいぐるみ。誰一人として「いつものスタジオの空気」を知る者がいない中、新メンバーたちは文字通りゼロから番組の空気を構築しなければなりませんでした。

番組としての新陳代謝は絶対の命題。そして、いつか必ず来る人形劇の交代サイクル。

新しい『ガラピコぷ〜』の世界観と、新人のあつこおねえさんを同時にデビューさせるという「攻めのリニューアル」を断行するにあたり、1993年の大混乱という教訓を踏まえたNHKが打った至高のディフェンス。

それこそが、お茶の間の『心の防波堤』としてのだいすけおにいさん残留だったのです。

編集後記:あるいは、深淵から覗く「瓢箪の駒」

さて、ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。

三谷たくみさんという一人の不世出なスターの卒業。それが偶然か、あるいは必然か、おかあさんといっしょ界の「不可侵の常識(同時交代)」を打ち破り、結果として史上最強の防波堤・横山だいすけさんを誕生させたーーー。

歴史とは、時として当事者たちのあずかり知らぬところで、奇妙なパズルのピースを噛み合わせるものです

けれども、もしこの「パズル」を、舞台袖から薄笑いを浮かべて眺めている存在がいたとしたら?偶然実った「卒業特需」という名の果実を、最も効率よく収穫するカゴ(システム)を、その手で編み上げた黒幕がいるとしたら?

私たちが朝の忙しい合間にに涙し、感動のメモリアルDVDに手を伸ばすその時。その売上の一円単位までを緻密な計算式に落とし込んでいる組織――『NHKエデュケーショナル』

彼らが「禍を転じて福と為した」その具体的な手口、そしてEテレ経済圏が誇る「絶対に負けないビジネスモデル」の深淵については……

――今のところ、まだ、無い。

(筆者が黒幕の影に怯えながら、後編の執筆を渋っているわけではありません。たぶん。)

また、次の「ざわつく二月」にお会いしましょう。

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