現代のEテレが誇る、多様性のユートピア『ファンターネ!』
けれども40年前、私たちの幼少期を支配した絶対王者『にこにこ、ぷん』の地層には、驚くほど生々しい「昭和のステレオタイプ」が横たわっていました。
バブル崩壊、失われた30年……。激動のニッポン裏現代史と共に、NHKが何を捨て、何を学んできたのか?
「NHK考古学者」がその深淵を静かに掘り下げます。
ルチータの衝撃と、40年前の「断絶」
皆さんこんにちは。最近『NHK考古学者』として売り出し中のみなさまのけだま。です。
今日の話題はおかあさんといっしょ。もう開始からしばらく経ってだいぶお茶の間に浸透したファンターネ!ですが、放送開始直後はなかなか認知に苦戦したようです。
パステルカラーの印象の薄いカッパの女の子。芸術肌のライオンの男の子。博識な何やら茶色い子。
ファンターネ!の理念。
「可能性と多様性」。子どもたちを「何にでもなれる種」と定義した趣旨(種子)は素晴らしい!もちろんうちの子も大好きです。
育った場所や環境、見た目も考え方もみんな違うけれど、お互いの個性を認め合いながら毎日を楽しく過ごしているファンターネ島の住人たちの中でもとりわけ人気のルチータ。
彼が軽やかにバレエのステップを踏みのびのびと自分の好きを表現するのを観るにつけ、氷河期世代の私は強烈な『隔世の感』に捉われました。

ライオンの男の子なんだから傍若無人なガキ大将であるべきだ……。
なんて考え自体が時代遅れなんですよね。(反省)
今や、「みんな違ってみんないい(多様性)」が当たり前となったEテレ。
けれども、私たちの幼少期に我々の心をがっちりつかんで離さなかった絶対王者の着ぐるみ人形劇『にこにこ、ぷん』の時代は少し様子が違いました。
あの時代。現在の多様性とは真逆の
「昭和のステレオタイプ(階級と役割)」
という生々しい思想が確実に横たわっていた頃の着ぐるみ人形劇を振り返り、あれから40年…。NHKが何を捨て、何を学んできたのか?を掘り下げていきたいと思います。
『にこにこ、ぷん』の3匹 ➔ 昭和の「役割」と「リアルな格差」
にこにこ、ぷんの舞台は宇宙の彼方の、地球そっくりな星に存在する「にこにこ島」というところ。
怒りん坊の「ぷんぷん火山」や、やたらとクチうるさい「かしの木おじさん」が住まう、みんな優しくてみんないい人のファンターネ島と一線を画します。
気候も温暖なファンターネ島と違い、北方と南方が入り混じったなかなかハードなもの。
このように、にこにこ島は、ファンターネ島みたいな優しい多様性てはなく、厳しい生態系が根底にある、どこか現実的でサバイバル感溢れる所なのです。
次にそのにこにこ島で元気に暮らす主役の3人を見ていきましょう。
🐱 (1) じゃじゃ丸 ➔ 【昭和の天涯孤独と、雑草のたくましさ】
まずは、元気で大雑把な明るいガキ大将「袋小路じゃじゃ丸」。私は彼をただのやんちゃな山猫と記憶していましたが、実際は全然違いました。
公式設定を調べてみると
・母親とは死別し天涯孤独の身。
・にこにこ島にたった独りでやって来て自分で家を建てて暮らしている。
・トレードマークの赤いスカーフは亡き母の唯一の形見である。
改めて見るとかなりハードな境遇。
しかし、決して腐ることなく昭和50年代の熱気をそのままに、
例えるなら「あしたのジョー」のドヤ街の少年たちや「タイガーマスク」の孤児院(ちびっこハウス)の子どもたちような明るさ逞しさを秘めています。
令和の基準なら「児童福祉の網から漏れている」と児相が走り出しそうな野生児。
けれどもどんな環境でも自力で這い上がる泥臭さが、当時の「昭和のステレオタイプ」のひとつだったのです。
昭和の掟①・
「どんな逆境や天涯孤独にも負けず、自力で這い上がる雑草のような泥臭い強さ」が美徳。
🐧 (2) ぴっころ ➔ 【昭和の根性論と、バブル期の美意識】
続いて、ペンギンなのに空を飛ぶ練習をするお転婆娘「ふぉるてしも・ぴっころ」。私は彼女をただのかわいいだけのヒロインだと記憶していましたが、全然違いました。
かわいいだけじゃダメだった昭和時代。常に自分の体形にコンプレックスを抱き、体重計に乗っては絶叫するお約束のギャグ。
これは、令和の時代にはご法度のルッキズムの塊そのもの。
しかし彼女をただの俗物と片付けるのは早計です。
実は彼女はペンギンでありながら、空を飛ぶ夢をあきらめない努力の塊。
まさに、「アタックNO.1」や「エースをねらえ」的な純正スポ根娘の系譜を引きつつ、
1980年代の「女性の社会進出」や、バブル期の「ダイエット・美意識ブーム」の影を最先端で背負わされていた、ハイブリットなヒロインだったのです。
昭和の掟・②
「スポ根だけじゃダメですよ。女性は自分磨きを怠らず、美しい姿で社会進出するのが美徳。
🐭 (3) ぽろり ➔ 【家柄のプライドと、ポンコツなコンプレックス】
最後に紹介するのは名門カジリアッチ家の御曹司、ぽろり・カジリアッチⅢ世。私は彼を、ただのスネ夫的な太鼓持ちと記憶してましたが、全然違いました。
彼は、初代、海賊。二代は船長と由緒正しい名門カジリアッチ家の出身ですが、航海チュウに嵐に遭い遭難。(しかもカナヅチで泳げない!)命からがらにこにこ島に漂着しました。
地球にそっくりのにこにこ島。これまたそっくりな地名のマサ「チュ」セッツ生まれの帰国子女(?)ですけど、やはりネズミという設定のせいか、じゃじゃ丸(猫)が大の苦手です。
よくじゃじゃ丸にいじめられて泣かされているお坊ちゃま…。
しかし、彼も一方的にただやられてるばかりではありません。
ヨットの操縦ができ、バイオリンが弾け、言葉遣いも丁寧なハイスペックな彼は理詰めでじゃじゃ丸をやり込めることもしばしばです。
プライドが高く、ハイスペックでそのくせ泣き虫…。
まさに、昭和の後期。豊かさのピークで世間がジャパン・アズ・ナンバーワンと浮かれた黄金時代に湧き上がった「お受験ブーム」。の申し子。
しかし、詰め込み教育の弊害なのか
どこかプライドが高くて打たれ弱い。
理屈っぽくていざという時に泣き虫。
という、当時の過保護に育てられた現代っ子のリアルな風刺が入っています。
昭和の掟③・
泥にまみれる時代は終わり。お行儀よく、スマートにブランド(ハク)を纏(まと)って勝ち上がるのが美徳。
なぜ「分かりやすい役割」は崩壊したのか――「昭和」から舵を切ったNHKの30年
以上、にこにこ、ぷんの主要キャストを振り返ってみると見えてくるのが、「野生・根性・エリート」という昭和の構図を体現したゴツゴツとしたアイコンです。
そのアイコン達が日々コテコテのドタバタ劇を演じてくれるものなのだから、氷河期世代には幼き日の微かな記憶…。
「古き良き昭和」を存分に感じることが出来るはず。
では、一体この昭和スキームがいつ崩れ、現在のファンターネ島まで流れ着いたのでしょうか?
1992(平成4年)に長らく愛されてきたにこにこ、ぷんは終了します。
この1992年という年は、永らく栄華を誇った我らがニッポンが「バブル崩壊」という名のトドメを刺された時期と一致します。
その後日本は俗に言う「失われた30年」の暗黒時代に突入するのですが、不登校やいじめ。犯罪の低年齢化などが社会問題化します。
私は、NHKがこのような社会情勢を受けて昭和の美徳をまとった尖ったキャラクターを危険視し始めたように感じます。
そして、「ドレミファ・どーなっつ!」。
「ぐ〜チョコランタン」
「ポコポッテイト」
「ガラピコぷ〜」などのシリーズを経て…。
時代は画一的な、男らしさ、女らしさ。これはこうあるべきだ。の押し付けから
みんな違ってみんないい。的な個性の共存。癒し。に舵を切って行きました。



みんなちがってみんないい…。
素敵な考えですよね!何事も競争に明け暮れた、我々氷河期世代からは想像も出来ない、やさしい世界です。
編集後記:ルチータがステップを開く令和のユートピアへ
にこにこ島を出港した。「Eテレ丸」。岩礁、高波。様々な障害を乗り越えて、ついに2022年、ファンターネ島に到着しました。
はたしてその島では、好奇心旺盛な天真爛漫なカッパと、何やら知識の深い茶色いの。それにバレエに勤しむ百獣の王の男の子がいました。
百獣の王がバレエなんて女々しい。
その考えが古い!バレエ=女の子なんて差別的考えだ
古き昭和時代のステレオからの情報で大きくなった大人達は口々にそう言うでしょう。
しかし、当のルチータは事も無げにこう言う筈です。
『ボクは大好きなダンスが出来るだけでトレビア〜ン!なんだよ。男の子?女の子?そんなこと考えたこもないよ。
大好きな友達がいて大好きなダンスに打ち込めることが最高にビブラーボ!さっ!』
大人達が画一的な色眼鏡で子どもたちを型にはめようとも,子どもたちの方がよっぽど真っすぐに生きてるのかもしれません。
ルチータのからからとあっけらかんとした態度に私は時代は流れて昭和は過去になりにけり。
との感想を抱かざるを得ません。
みんな違ってみんないい。
これこそがEテレと令和の子どもたちが長い航海の末にたどり着いた『ファンターネ島』というユートピア(理想郷)なのかもしれませんね。





